- 8月の商いは、本当に細る。39年平均で年内平均の92.0。12か月で最も薄い
- ただし細り始めるのは7月から(94.4)。「8月だけ」ではない
- 商いが薄かった年の8月は平均−1.38%、厚かった年は+1.26%。通説どおりの関係がある
- ところが直近12年、8月の下落はほぼ消えた。商いは変わらず薄いのに
- 私の判定:★★★☆☆ 前半は正しく、後半は時代とともに切れた
8月が近づくと、相場の話題に「夏枯れ」という言葉が出てきます。海外の投資家が休暇に入り、市場に人がいなくなる。商いが細って、値動きも精彩を欠く——そういう説明を、私も何度も読んできました。
ただ、この通説はよく見ると二つの主張が重なっています。「夏は商いが細る」と「だから相場が下がる」。この二つは、ひと続きに語られがちですが、本当は別の話です。前者は出来高、後者は株価。片方が正しくても、もう片方まで正しいとは限りません。
今回はこの二段構えを、ひとつずつ数字で確かめます。使うのは東証が公表している売買代金の月次データ。1985〜2025年の41年分を使います。ただし市場制度の変更があった2013年と2022年は除くので、実際の集計は39年分です(除外の理由は記事末に書きます)。
- 8月の商いは、本当に他の月より細るのか
- 商いが細ると、相場は下がるのか
- この40年で、夏枯れは変わったのか
そもそも「夏枯れ相場」って?
夏枯れは、7月下旬から8月にかけて売買が細り、相場が方向感を失いやすい——とされる季節性のことです。理由としてよく挙げられるのが、欧米の機関投資家がバカンスに入るという説明です。日本でもお盆で市場参加者が減り、板が薄くなる。だから少ない売買で値が振れやすく、上値も追いにくい、と。
この説明には、ひとつ都合のいいところがあります。「商いが細る」は検証できる主張なのに、「だから下がる」のほうは、めったに検証されないという点です。前者が正しければ後者も正しい、という気分で語られてきた通説だと思います。
ちなみに、この記事は通説検証#02「セルインメイは本当か?」の続きにあたります。あちらで月別のリターンを調べたとき、日本もアメリカも本当に弱いのは8〜9月だと分かりました。ただ、あの回で見たのは値段の話だけです。今回は商いの話を見ます。
検証1:8月の商いは、本当に細るのか
まず、細るかどうかです。ここで一つ工夫が要ります。
月間の売買代金をそのまま比べると、単に営業日数の差を見ているだけになってしまいます。2月は18日前後、8月は21日前後。日数が多ければ、合計は当然大きくなる。夏枯れの通説は「1日あたりの商いが細る」という話ですから、1日平均の売買代金で比べなければ意味がありません。
もうひとつ。1985年と2025年では、市場の規模も株価水準も桁が違います。生の金額を41年並べても、右肩上がりのグラフになるだけです。そこでその年の1日平均売買代金を100として、各月が何%だったかに直します。これなら年ごとの水準差が消えて、季節性だけが残ります。
結果は、はっきりしていました。8月は92.0。12か月で最も薄い月です。年内平均より8%少ない商いしかない。39年のうち28年で、8月は年内平均を下回りました。
ただ、この図には通説と食い違う点があります。7月がすでに94.4まで沈んでいるのです。8月に急に細るのではなく、7月から地続きで薄くなっていく。「夏枯れ」という言葉が8月を名指しするわりに、実際の谷は7月から始まっています。
逆に厚いのは3月(112.6)と2月(105.5)。3月は期末で、配当の権利落ちや決算がらみの売買が集中する月です。ETFの分配金捻出売りのような制度で決まった需給と同じで、カレンダーが商いを作っています。
夏枯れは、8月の話ではなかった。
7月から、すでに枯れ始めている。
検証2:商いが細ると、相場は下がるのか
ここまでで「商いは本当に細る」ことは分かりました。では、その薄商いは、本当に下落につながるのでしょうか。
検証1で「7月から薄い」と分かった以上、本当は7月と8月の両方を調べるべきところです。実際に両方を計算しました。ただ、7月は同じ方向の結果でしたが、8月ほどはっきりしませんでした。時代によって符号が入れ替わり、通説の物語として濁ってしまう。そこでここからは、谷が最も深い8月に絞って話を進めます。7月の数字は、記事末の脚注に載せておきます。
調べ方はこうしました。39年ぶんの8月を、その年の8月が薄かったか、厚かったかで二つに分けます。指数が100未満なら「薄い8月」、100以上なら「厚い8月」。そして、それぞれの8月の日経平均のリターンを平均します。
もし通説が正しければ、薄い8月のほうが成績が悪いはずです。
薄かった8月の平均は−1.38%、厚かった8月は+1.26%。2.6ポイントの差がつきました。
しかも、薄い年と厚い年の商いの差はかなり大きい。薄かった28年は指数の平均が84.0——年平均より16%も商いが少ない。厚かった11年は112.2で、12%多い。極端な年には、8月の商いが年平均の6割以下しかなかった年もあります。
つまり、こう言い直せます。「8月だから下がる」のではありません。「その年の8月に、商いが薄かったとき」に下げています。
これは通説の言い分に、そこそこ沿った結果です。検証前は両者が結びつかないだろうと予想していたので、私の予想は外れました。
下げているのは「8月」ではなく、
「商いが薄かった8月」だった。
「時代」で分けてみると、話が変わる
ここまでは39年をひとまとめにした平均です。でも#02で学んだとおり、季節性は時代で変わります。40年前の市場と今の市場では、参加者も執行の仕方もまるで違う。
とくに気になったのは、アルゴリズム取引の存在です。人間が休暇を取っても、プログラムは休みません。もし夏枯れが「人が休むから起きる現象」なら、アルゴが当たり前になった今、夏枯れは薄れていていいはずです。これは私の仮説でした。
期間を三つに割って、確かめました。
結果は、はっきり二つに分かれました。
まず左です。8月の商いの薄さは、40年間ほとんど変わっていません。91.1 → 91.3 → 94.0。わずかに浅くなってはいますが、誤差の範囲と言っていい。アルゴが増えても、8月の商いは細り続けています。
ところが右です。8月の平均リターンは、−0.93% → −0.77% → −0.06%。直近12年で、8月の下落はほとんど消えました。
商いは今も細る。しかし、細ることが下落を意味しなくなった。
「商いが細ること」と「下がること」は、いつのまにか別の話になった。
アルゴは「夏枯れ」を消さなかった。では、連動を切ったのは何か
私の仮説は、半分だけ当たっていました。アルゴが増えても夏枯れそのもの(商いの薄さ)は消えていない——ここは仮説が外れた部分です。消えたのは、薄商いが下落に直結するという関係のほうでした。
では、なぜ連動が消えたのか。正直に言うと、この記事のデータからは特定できません。この12年が世界的な金融緩和と株高の期間だったことも効いているはずですし、市場構造そのものの変化かもしれない。切り分けには別の検証が要ります。ここで言えるのは「連動が消えた」という事実までで、その理由は宿題として残ります。
私の判定:「前半は正しく、後半は切れた」で★3
- 〇「夏は商いが細る」は事実。8月は12か月で最も薄く、39年中28年で年内平均を下回った
- △「8月」と名指しするのは不正確。7月からすでに細り始めている
- 〇39年全体では、商いが薄かった8月ほど下げている(−1.38% 対 +1.26%)
- ✕ただし直近12年(2014-2025)では、8月の下落はほぼ消えた(−0.06%)
★3にした理由は、通説を「商いが細る」という意味に取れば★5級、「だから下がる」という意味に取れば、いまはもう外れているからです。どちらの意味で言っているかで、答えが正反対になる。#02のセルインメイも同じ★3でしたが、あちらは「市場と時代しだい」でした。今回は「通説の前半と後半で答えが違う」タイプです。
【注記】2026年の8月は、平年の夏ではありません
ここまでの検証は1985〜2025年の話です。ただ、この記事を書いている2026年に限っては、大きな例外が控えています。
TOPIXは「第2段階の見直し」として、2026年10月最終営業日に初めての定期入替を実施します。その選定の基準日が、2026年8月最終営業日です。構成銘柄は約1,700から約1,200へ、およそ500銘柄が段階的にウエイトを落とされていく——という規模の大きな入れ替えです。
この見直しでは、各銘柄が売買代金や時価総額の基準を満たすかどうかを、2026年8月最終営業日の時点で判定します。実際のウエイト調整(リバランス売買)が動き出すのは10月末以降ですが、その判定の基準日が、よりによって最も商いが細るはずの8月末に置かれている——これが今年の特殊事情です。
この基準日を意識した売買が8月末に出るのかどうかは、正直なところ私にも読めません。ただ確実なのは、2026年の8月が、40年に一度の指数イベントの判定タイミングと重なっているということです。平年の「夏枯れ」と同じ条件では語れません。この年を集計に加えて8月の傾向を論じるのは適切ではないので、後日あらためて別扱いで検証するつもりです。
初心者はどう受け止めればいい?
「じゃあ夏は買わないほうがいいの?」と思いますよね。私の答えは「そうとも言えない」です。理由を3つに整理します。
この検証の前提だけ、正直に
図2は「薄い8月は−1.38%、厚い8月は+1.26%」と、きれいな差を見せています。でも中身を開けると、薄かったのに大きく上げた年(2000年 +7.2%)も、厚かったのに大きく下げた年(1997年 −10.3%)もあります。個別の年の値幅は±10%を超えることがざらで、平均の差2.6ポイントは、そのばらつきに比べればごく小さい。この差を根拠に、来年の8月を予想することはできません。
厚かった8月の11年のうち、5年が1985〜1999年に集中しています。当時は8月でも商いが多かった。つまり図2の2群の差には、「薄いか厚いか」と「どの時代か」が混ざっています。時代で分けた図3を併せて読む必要があるのは、そのためです。
2023年は99.2、2024年は109.0、2025年は103.6。この3年、8月は年内平均を下回っていません。n=3では何も断言できないので判定には織り込みませんでしたが、隠すべき事実でもないので書いておきます。40年続いた8月の谷が、いま埋まりつつある可能性はあります。
2013年7月に大阪証券取引所の現物市場が東証へ統合され、2022年4月に市場区分が再編されました。どちらも年の途中で集計対象が変わるため、「その年の平均を100とする」という手法が使えません。この2年を含めたまま計算すると、統合による段差を季節性として読んでしまいます。除外した理由は、それだけです。
私が本当に気にしているのは、方向ではなく板の薄さそのものです。商いがないと、ちょっとした売買で上下どちらかに大きく振れたり、逆にボラティリティがほとんど消えて動かなくなったりする。値動きの質が不安定になるんです。
だから8月は、利確・損切りの判断をふだんより早めに動かすようにしています。薄い板では、迷っているうちに想定より値が滑ることがある。方向を当てにいくのではなく、決めたラインで機械的に対応する——それが、この検証を終えたいまの私のスタンスです。
まとめ
- 「夏は商いが細る」は40年間ずっと本当。ただし細るのは8月からではなく7月から
- 39年全体では、薄い8月ほど下げている(−1.38% 対 +1.26%)
- しかし直近12年、8月の下落はほぼ消えた(−0.06%)。商いは変わらず薄いのに
- 薄商いは「下がる材料」ではなく、「振れやすくなる材料」として扱うのが実用的
- 判定:★★★☆☆
この検証でいちばん面白かったのは、消えたものと消えなかったものが、きれいに分かれたことでした。商いの薄さは40年間そこに残り、下落との結びつきだけが静かに切れていった。夏枯れという言葉は生き残ったのに、その中身が入れ替わっていたわけです。
通説は、いつのまにか意味を変えます。だから私は、格言を覚えるのではなく、格言が何を主張しているのかを分解するようにしています。今回のように二つに割ってみると、片方は正しく、片方はもう古い、ということが起こる。
よくある質問
- ※1 データ出典:JPX「月間売買高・売買代金」(東証一部/2022年4月以降はプライム市場、立会市場とToSTNeT市場の合計、1日平均)。および日経平均株価の月末終値。
- ※2 期間:1985年1月〜2025年12月。系列が年の途中で変わる2013年・2022年は集計から除外(39年)。
- ※3 「指数」は、各年の1日平均売買代金を100として各月を換算したもの。年ごとの市場規模の差を消すための正規化。
- ※4 リターンは日経平均の月次騰落率(前月末終値→当月末終値)。配当は含みません。
- ※5 時代区分:1985-1999年(15年)/2000-2012年(13年)/2014-2025年(11年)。除外年のぶん、各期間の年数は不揃いです。
- ※6 参考・7月の場合:薄かった7月(28年)の平均リターンは−0.81%、厚かった7月(11年)は+1.71%。方向は8月と同じですが、時代別で見ると1985-1999年+1.09%/2000-2012年−1.95%/2014-2025年+0.47%と符号が安定せず、8月ほど明確な傾向は出ませんでした。















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